海が晩御飯の時、

「この間、私とお母さん、めっちゃケンカしたよねー」

と嬉しそうに話す。

「うんうん、めっちゃ言い合ったよねぇ」

と返す。





それは、4月26日の朝。
前の日、カウンセリングで気持ちをしゃべって吐き出せた海が、「明日から学校行く!バスに乗っていく!」とやる気を見せたけれど、朝になると今までのようにやる気が消えうせ、「やっぱり…」と弱気になっていた。


今までだったら、私も『やっぱり無理か…』と背中を押すのをためらっていたかもしれない。
でも、カウンセリングで私も『押していいんだ』と勇気をもらった。

だから、やっぱり頑張って行ってみようと話した。


すると、海が今までに聞いたことない本気の強い口調で

「お母さんは、辛い私の気持ちなんて全然わかってない!!!」

と泣きながら訴えた。
その言葉で私のスイッチが入った。

「わかるよ!海がどれだけ辛い気持ちなのか!お母さんだって、1年生の時に転校してきて言葉もわからなくてお友達もできなくて、お友達からは無視されて、毎日行くのが辛くて、保健室にばっかり行って天井の穴ばっかり数えてたよ!でも、辛くても頑張って行ってたら、『一緒に遊ぼう!』って声を掛けてくれる友達もできて、今でもそのお友達とは友達で…お母さんには今は、悩みを相談できる友達もいて、一緒に遊べる友達もいて、おしゃべりが楽しいお友達がいて、すごく幸せだよ!
でも、海は?
学校に行かなくてずっと一人でこの先もいるの?!
今はお父さんやお母さんがいるからいいよ!でも、いずれ死んじゃったら?洋が結婚して家を出て行ったら?海はずぅーっと一人でこの家にいるの?!
お母さんはそんな人生を海に歩ませたくないよ!
自分の大好きなお友達に囲まれて幸せな人生を送ってほしいよ!
だから今は辛いかもしれないけど、学校に行こうよ!
海はそんな気持ちをなんでわかってくれないの?!」


海も私もその場でわんわん泣きながら言い合った。


しばらくして、海が
「…行く。」
とポツリ。。。


その日を境に、海は変わった。




今、私はその時のことを思い出して、

「…でも、お母さん、海が本気で自分の気持ちをぶつけてきてくれて本当に嬉しかったんだよ。これで本当の家族になれたって気がしたよ。」

と話すと、海も

「私もめっちゃ言ったもんねー!」

と嬉しそうな顔。




きっと、あの時、海は生まれ変わったんだと思う。
いや、吐き気が続いて、苦しかったのは、きっと本当の自分を探してたんだと思う。


不登校の間、海は、ずっと抱っこをねだったり、赤ちゃん言葉を使ってみたり、かと思うと、2~3歳児のようなイヤイヤでだだをこねたり、4歳の頃のように生意気なことを言ってみたりを繰り返していた。きっと、それは彼女にとって『やり直し』だったんだと思う。


それで、満を期して、私との意見の戦いになった。
その時初めて、『自分の意見』を思い切りぶつけて言えたんだと思う。
それって、アイデンティティ。

それまで、生まれてからずっと洋と一緒で。
言うことは達者な海がまるでお姉ちゃんみたいだったけど、私の中では、考え方の面で『ちょっと幼いな』というところが海にあるのに少し気づいていた。洋の方が自分の考えというものをしっかり持っていた感じが端々にあった。きっと、悩んだり迷ったりして決断を出していたのを、今まで無意識に洋任せ、母任せにしていたのではないかと思う。
洋が「おれはこうする。」というと、「じゃあ、私も~」なんてよく言ってたもんなぁ。

でも、2年生になってクラスも別々になって、いきなり、なんの考えも持たない自分が一人で立たされてしまった。

『私』がつくられてなかった海。

友達の意見、先生の意見、お母さんの意見、いろんな意見に翻弄されて、完全にふらふらして、そして折れた。


きっと、海が吐き気で苦しんだ時期、不登校の時期、
『いったい、自分はどうしたいのか、何者なのか。』
そういうことをもう一度赤ちゃんからやり直して作り直していたんだと思う。



今、彼女は学校で
「私ね、絵は得意!あと、字はきれい!」
と言うようになった。

自分という者を今、少しずつ知って、周りに発信できるほどになってきている。
今からもまだまだ迷うだろう、悩むだろう。
でも、そこから、自分を知って、一つずつ自分という色の積み木を重ねていけると思うし、私もそれをお手伝いしていきたいなと思う。



次は洋。


洋は自分の意見や考えはしっかりあるけれど、周りの人の気持ちを必要以上い気遣ってしまって、なかなかそれを『おれはこうだ!』と言えない。周りを傷つけてしまうのがイヤだと言う。言えるのは海と、なぜか気の合うお友達2人(男の子と女の子)だけ。
私にもたぶん言えていない時がまだある。

だから、今は洋のいいところをいっぱい見つけて、いっぱい褒めて、いっぱい自分を知って自信をつける時期なんだと思う。


洋が、私が叱ったり文句を言ったりするときに、言い返せるようになったら、きっと一歩大人に近づけると思う。


今の私の役目。


二人のいいところをいっぱい見つけて、それをどんどん本人に気づかせていくこと。